それは、ユーリがまだ幼かった、ある7 月の暑い日のお話………………
そ
の日、渋谷美子は下の息子の有利を連れて、いつものように公園に散歩に来ていた。
「ゆ〜ちゃん、ほら見てワンちゃんよ!ワンちゃん!!可愛いわね〜vvv」
美子は、散歩に来ていた犬を指さして、有利に話しかける。
「あんちゃん〜?」
「………………何かちょっと違うわね。ゆ〜ちゃんの“あんちゃ
ん”は勝利お兄ちゃんよ。あ、ほら、あっちにはネコちゃん!!」
美子は、
今度は前をよぎった猫を指さした。
「ミコちゃん〜?」
「………………
あのね、ゆ〜ちゃん?ママのことを、名前で呼ぶのはどうかと思うわよ?」
何だかお馬鹿な会話を繰り広げながら、美子と有利は手を繋いで歩いていた。
「まま、ぼうし、ないないよ〜?」
「え?嫌だわ!本当!」
知らない間に風に飛ばされてしまったらしく、有利
のお気に入りの帽子が頭から消えていた。
「あ、あったわ!でも大変!木に
引っかかっちゃったみたい!よ〜し!!ゆ〜ちゃん!!待っててね!?
今、ママが
取って来てあげるから!!」
そう言うと美子は、さっそく木に登り始めた。
「よいしょっと、流石に結構高いわね〜。だからって、浜のジェニファーを
なめるんじゃないわよ!?」
途中で気合いを入れ直した美子は、何とか帽子
までたどり着いた。
「やったわ!!ゆ〜ちゃん!!………………って、いない!?ゆ〜ちゃん!?何処に行ったの〜!?」
木登
りに夢中になりすぎた美子は、有利がいなくなるのに全く気付かなかったようだ。
その頃、当の有利はというと、公園を出て一人で河原を歩いていた。
『………………この場合、どうしたら良いのかしら(汗)』
こち
らも、いつもの様
にユーリについて回っていたが、真っ青になって有利を追跡していた。
『ウルリーケ様に言われてる以上、表立って接触するわけにもいかないし、だからと言っ
て一人きりで放置するのも……
あぁ!!もぅ!!どうしたら良いの
よ!?』
は一人自分の中で葛藤していた。
「は
うっ!!」
「はうっ!?」
少し目を離した隙に、有利は河川敷を
ころころ転がっていた。
「危ないっ!!!!」
すん
での所で、がユーリを抱き止めた。
「一人でこんな所にいちゃ、危ない
でしょ!?」
突如現れたを、有利は目をまん丸にして見つめていた。
『あちゃ〜!普通に飛び出て来ちゃったよ!!(汗)』
「えっと
〜………………あはは!!僕、お名前は?」
「しょ〜ちゃ〜ん!!」
「
へ!?違うでしょ!!それはお兄ちゃんの名前!!あなたは“ゆ〜ちゃん”!!」
「ゆ
〜ちゃ!!」
まだ子供の有利には『自分から聞いたくせに、何でお前が教え
てんだよ!?』という鋭いツッコミは出来ないようだ。
「おねちゃ!らっこ
〜!!」
「らっこ?あ、あぁ!!“抱っこ”ね!!」
手を上に上げて、
自分にへばりつく有利を見て、はすぐに意図を理解した。
「よいしょ
と。赤ちゃんを抱くなんて、何年ぶりかしら。」
は、かけ声をかける
と、そっと有利を抱き上げた。
「………………あたたかい………………。」
暖かく、そして、ずしりと腕にかかる重みに、体全体が震えた。
人の生
きている証、体温、心音、全てがにダイレクトに伝わってくる。
自分
の、何に変えても守るべき存在。
自分が生きる、たったひとつの希望。
「おねぇちゃ?ないちゃらめよ?」
有利の小さな手が、ぺちぺ
ちとの頬を撫でる。
自分でも気づかないうちに、自然と涙が溢れていた。
「………………有
利、生まれて来てくれて、ありがとう。」
ジュリアはいなくなってしまった
けれど、彼女の魂も、想いも、その全てが有利を通して未来に続いている。
この小さ
な手のひらには、沢山の未来が握られているのだ。
「有利………………私た
ちの未来の王………………。」
は噛みしめるようにそう呟いた。
「………………これからあなたが背負う物は、計り知れない程大きいわ。で
も、これだけは忘れないで?
いつか離れる時が来ても、私の想いはずっとあなたの
側にいるわ。」
それに、“向こう”には、“彼ら”がいる。
コンラート
はきっと有利を愛してくれる。命をかけて守ってくれる。
それは、有利が“魔王だか
ら”ではなくて、“有利だから”。
「ヴォルフは口うるさいけど優しい子
よ。グウェンは最初はとっつきにくいかもしれないけど、きっとあなたの力になってくれ
る。」
は、宝物を箱から、ひとつひとつ取り出す様に、ゆっくりと話
す。
「後は、そうね、ヨザ
は気まぐれだから微妙な所ね。ギュンターなら、きっと優秀な補佐になってくれる。」
でもきっと大丈夫。ヨザだって、何だかんだ言っても、最後はあなたの味方
になってくれるわ。
そして、少女が王子を待ちわびる様に、次代の王を心待ちにして
いたギュンター。
「みんな、みんながあなたを待っているわ。そして、愛し
てくれるわ。」
「あいしてゆ〜?」
「えぇ、私もあなたを愛しているわ。」
この子はきっと、愛のかたまりなんだわ。
だって、有利を腕に抱いてい
るだけで、私はこんなにも幸せな気持ちになれるんですもの!
あなたがいる
だけで、モノクロだった私の世界に、彩りが加わる。
私の中で光を放つ、優
しい色。
が、もう一度強くユーリを抱きしめていると、美子が大声で叫
びながら走り寄ってきた。
「ゆ〜ちゃああああああああああ
ん!!!!!!!!!!」
「あ、ママがお迎えに来たみたいね。」
は有利を、そっと地面に降ろ
した。
「ああ!!良かった!!ゆ〜ちゃん可愛いから、悪いおじさんに誘拐
されたんじゃないかと心配したのよ〜!!
っと、ありがとうございました。うちの
息子が、何かご迷惑をおかけしませんでした?」
やっとの存在に気がつ
いた美子は、慌てて頭を下げる。
「いいえ、とっても可愛いお子さんです
ね。ゆ〜ちゃん、ですよね?」
「えぇ、“渋谷有利”といいます。この7月で、3歳
になるんですよ。」
「………………良い名前だわ。私の国では7月はユーリ
というんです。」
「本当に!?この子の名付け親も、同じことを言ってくれたの
よ。」
美子は嬉しそうに、そう話した。
「そう、ですか………………。」
「それじゃあ、そろそろ夕ご飯の時間だから失礼するわね。ほら、ゆ〜
ちゃん、お姉ちゃんにバイバイって。」
「あいあい〜☆」
「ゆ〜ちゃん、それ
は、おさるさんよ?」
は、またまたおかしな漫才を繰り広げながら去っ
ていく、二人の後ろ姿をじっと見つめ
ていた。
「………………………………コンラートだわ。」
はぽつりとそう呟くと、その場にうずくまってしまった。
『7月は、ユーリって言うんです。』
「………………ほら、言った通りでしょ?コ
ンラートは、あなたを愛してくれてるって。」
は何だか、嬉しくて笑い
たいのか、泣いてしまいたいのか、わからなくなってしまった。
ー
あの日のあなたの温もりは、今も私の胸に焼き付いているわー
[
あとがき]
美子ママとツェリ様は本当に動かしやすいです。てゆか勝手に暴れてくれます(
笑)
主人公さん、ちょっとホームシックです(>_<)この時は帰れるとは思ってないので、書
いててとても切なかったです(;_;)