今も、時々考えるの。
もしもあの時 生き残ったのが、私じゃなくてジュリアだったら………………
そしたら、彼女とコン ラートは幸せになれたのかしら?











  48 花束〜あなたの心に花束を〜











「………………………………はぁ。」


は、汗ばむ自らの顔をそっと両 手で覆うと、大きくため息をついた。


今夜もまた、いつものように は、真夜中に目を覚ます。









“あの日”から、 毎晩のように繰り返される同じ夢。
その度に息苦しさを感じて、は目を覚まし てしまう。
そのため、もうずっとまともに眠っていなかった。









始まりは、視界全体に広がる眩しいほどの 白。


「ジュリアの軍服の白だわ………………」


自我を失い暴走 する私を、暖かく抱きしめてくれた優しい人。


あの時の彼女の体温、香り、優しい声の響き。
その全てが、今も私の中に焼き付い て、離れない。









、幸せになって ね。』









アノトキシンダホウガヨカッタノ ハ、ジュリアジャナクテ、ワタシナンジャナイノカナ?









物語の“お姫様”みたいだと思ってた の。


ジュリアは、“ヒロイン”になるべく産まれて来たのだと。









柔らかく、ふわりとなびく長い髪。
陶器 の様になめらかで、雪のように白い肌。
全てを吸い込んでしまいそうな、神秘的で優 し気な瞳。









それに比べて私は、なんてみっと もないんだろう?


多くの人に恐れられ、忌み嫌われる漆黒の髪。
軍の訓 練で、健康的に日焼けした肌。
きつい印象を与える、双黒の瞳。


幼い頃 に憧れた、繊細で可憐な“お姫様”からは、かなりかけ離れている自分が、
たまらなく悲しくて、悔しくて、寂しかった。









「………………ねぇ、ジュリア?後悔してな い?“私なんて助けるんじゃなかった”って………………」


窓から月明かり が差し込み、の頬に一筋の雫が光った。


こうしては、今日も眠 れないまま朝を迎える………………



















「なぁ、コンラート。」
「何ですか?ユーリ。」


執務室で書類に目を通 していたユーリが、側に控えていたコンラートに話しかけた。


って さ、前からだと思うんだけど、よく目の下に隈ができてたり、目が腫れてたりするよな?
 あれってやっぱり夜中に泣いたりとかしてるんじゃないかな?」
「!?」
「あの性格だから、絶対に悟られないようにはしてるんだろうけど、たまに頬に涙の後と かついてるんだよ………………」


ユーリは辛そうに顔を歪めた。


「………………すいません。俺はそ んな大切なことに、全然気付きませんでした………………。」
「当たり前だよ。」
「え?」
「好きな相手ほど、心配かけたくない。みっともない所を見られたくな いって、必死に隠してたんだろうからさ。」


ユーリは少し寂しそうに、コン ラートを見つめた。


から頼ってこない限り、気付かないふりしてあ げるのが優しさだとは思うけど、
 もし、万が一のことがあったら、コンラートが助 けになってやってくれよな。」


それだけ言うと、ユーリは再び書類に目を落 とした。


「………………わかりました。」









ユーリは、自分が思っているよりもずっと、 のことを想っているのだ、
と何だか焦りにも似た想いがコンラートを襲う。


そうしてユーリとコンラートがそんな会話をして、数日たったある日のこと ………………



















トントン………………









「??どうぞ。」


夜もすっかりふけた頃、突然コンラートの部屋の 扉が控えめにノックされた。


?どうした?こんな時間に。」


小さく開けられた扉の前には、が静かに佇んでいた。


「………………………………。」
「………………?とりあえず廊下は冷えるから、中 に入って。」
「………………………………うん。」


コンラートに促さ れ、は俯き加減に部屋に入った。


「そこに座って。今、お茶でも入れ るから。」
「………………コンラートの部屋に入るの、すごく久しぶりかも………………」


は物珍しそうにそわそわと辺りを見渡した。


「当 たり前だ。あまり無闇に、夜中に男の部屋なんかに入るんじゃないぞ?今日だけ特別 だ。」


コンラートは、たっぷりミルクの入った甘い紅茶をに手渡し た。


「………………私じゃ、無理なの。私なんかじゃ、あなたの物語のヒロ インにはなれないのよ。」
「………………?一体、何を言ってるんだ?」


突然わけのわからないことを口にし 出したを、コンラートは訝しげに見つめる。


「本当のヒロインは、 ジュリアこそがふさわしかったのよ。今ここで、こうしている筈だったのも、
 私じゃ なくてジュリアだったのに!!


は顔中をくしゃくしゃにして 泣きながら、ヒステリックにそう叫んだ。


「何で今更またジュリアが出てく るんだ!?ジュリアのためにも、ジュリアの分も、
 二人で精一杯生きていくって決めた じゃないか!!」
「ジュリアが………………ジュリアが、毎晩私に言うのよ!! “幸せになって”って!!私の“幸せ”って何!?
 ジュリアを殺しておいて、私だ け幸せになるなんて許されるの!?そんなわけないじゃない!!」

「ナマ エ!!少し落ち着け!!」


にとって、ジュリアの存在というものは、 それほど迄に大きなものだったのだろうか。
自分などよりも、ずっとにとって の方が、ジュリアは重要な存在だったのかもしれな い、
コンラートはそう思った。


「………………今まで、ずっとそんなこ とを考えてたのか?誰にも相談しないで、
 抱え込んで、夜も眠れない程一人で悩ん でいたのか?」
「………………ギーゼラには、少しだけ話してはいたの、眠れないか ら睡眠薬をちょうだいって。
 でも彼女には、コンラートには言わないでって口止め してたから………………
 私が睡眠薬に頼ってるなんて知ったら、コンラート、心配 すると思って………………」
「当たり前だろう!!」
「………………こうな るから嫌だったのよ!!」
「じゃあ、何で今夜ここに来た!?」

「………………………………。」
「………………明日が………………いや、もう今日だな。今 日がジュリアの命日だからだろう?」
「!!」


は弾か れたようにコンラートを見上げた。


「………………どうしたら良いかわから ないの!!いなくなった人に、
 いつまでも依存していても仕方ないとはわかってるわ!! でも!!でも………………」


は、掠れた声を精一杯絞り出す。


「……………… 今から、ジュリアの所に行こう。丁度良い。お前と一緒に行こうと思ってたからな。
 どう せこのままじゃ、眠れないだろう?」
「………………………………そうね。」


とコンラートは、夜明けに近づき、少し明るくなってきた空の下、二 人で城の裏の草原にあるジュリアの墓へと向かった。



















「………………こっちに戻って来て、まだ一度もジュリアの墓には来てなかったの。………………怖くて来れなかった。
 ジュリアの死を認めるのが怖かったのよ。」
少し落ち 着きを取り戻したが、ジュリアの墓石に、大きな花束を手向けた。


「………………は、ジュリアが大好きだったんだな。」
「………………えぇ、 とっても。母でもあり、姉でもあり、親友でもあったわ。彼女が側にいるだけで、心が暖 かくなったわ。
 まるで、心に花が咲いたように………………」


は 愛おしむように自分の胸に手をあてる。


「そうだな………………ジュリア は、俺たちの心に“花束”を贈ってくれたんだ。」
「心に、花束を………………?」
「あぁ。だから、俺たちはジュリアからもらった花束を、一生枯れないように守り続 けなければならないんだよ。
 お前にはそれが出来る?」
「出来るわ………………えぇ。守り通してみせる!!」
「やっといつものの目に戻ったな。」


そう言ってコンラートは柔らかく微笑んだ。


「心は決まったの か?」
「えぇ。」
「じゃあその笑顔を、ジュリアにも見せて安心させてやれ。」


コンラートに背中を押されたは、しゃがみこんで、ジュリアの墓石に 手をあてた。


「………………ジュリア、いっぱい心配かけてゴメン。私、頑 張るよ。あなたの分も、精一杯生きるよ。
 あなたの分も、この目で、あなたの愛し たこの世界のゆく末を、しっかりと見守るよ。」


は先ほどとはうって 変わってしっかりとした面も ちで、ジュリアの墓石を優しくなでる。


「………………さぁ、日も昇って来 たしそろそろ帰るか。朝起きて俺たち二人がいなかったら、城中大騒ぎになりそうだから な。
 ここにはまた後で、今度はユーリも連れて来ようか。」
「そうね。それが 良いわね。ギーゼラにも一杯迷惑かけちゃったから、早く会いに行きたいわ。」


そうしてジュリアの墓石に背を向けて、二人は手を繋いで歩きだした。
顔を出したばかりの太陽が、暖かく二人を包んでいた………………。



















ー あなたの心に花束を。枯れることのない、永遠の花束を………………ー



















[ あとがき]
10000HITフリー夢Bシリアスでした。
今回は(も?)結構重 かったですね(汗)
でもやっぱりヒロインにとって、ジュリアは永遠に越えられない壁 なんだと思います。
死んだ人についての記憶は、ど うしても良い部分しか思い出せなかったりするので、
そういう所を自分と比べてし まって、余計につらいのだと思います。
逆に自分のことは、嫌な所ばかりが目につき ますからね(汗)
そういう所のヒロインの心の葛藤も、感じてもらえたらなぁと思いま す。