“官吏”になると決めた時、“女”の自分は捨てると誓ったのに。
藍姫番 外編3 新たな物語〜後編〜
「ただいま戻りま
した。」
覚悟を決めて執務室の扉を開くと、先程までは朝議で不在だった鳳
珠も既に戻っていた。
「医者に行っていたと聞いたが、もう具合はいいの
か?」
「お医者様はなんとおっしゃってました?まだ気分が優れないようでしたら、
後は私と鳳珠がやっておきますよ。」
の冴えない表情を見て、鳳珠と柚
梨が口々にその体調を気遣う。
「いえ、仕事には差し障りありませんので………………」
必死に笑顔を作ろうと、口の端を上げる。
しかしそれは、自
分でもわかる程にぎこちなく、2人の不信感を益々煽ってしまう結果となる。
「お前は本当に嘘がつけないな。」
鳳珠は一旦仕事の手を止め
て、の席にあっ
た書類に手を伸ばす。
「これは私が片付けておく。お前一人が抜けたところ
で支障はない。今日はもう先に帰れ。」
「鳳珠!あなたはどうしてそういう言い方し
か出来ないんですか?もっと素直に心配しなさい!素直に!」
「こいつはこれくらい
言わないと聞かないだろう。柚梨、お前はこの案件を片付けろ。」
柚梨は、
そう言って突き付けられた書類を受け取ると、しぶしぶ腰を下ろした。
「こ
こであなたと言い争っても埒が明きませんね。さん、本当に気にしないでゆっくり休
んでください。」
「え、あ、いえ、でも………………」
どうしよう。
心配されればされるほど、益々切り出しにくい。
一体自分はこの2人に何と告げ
ればいいのだろうか?
『実は私、妊娠しているんです。』
『子供が出来
ました。』
『育児休暇をいただきたいのですが。』
ひとこと、そう言え
ば済むのだろうか?
いや、そんな簡単に済む問題ではない。
これは、私
一人の問
題ではないのだ。
一緒に働く鳳珠や柚梨、同じ女性官吏として働く秀麗、果ては実家
である藍家にまで迷惑をかけることになるだろう。
「私………………」
「どうした。いつまでそこでそうしているつもりだ?」
「………………私、あなた
に、言わなきゃいけないことがあります。」
のその言葉に、鳳珠はゆっ
くりと顔を上げる。
「………………それは、今どうしても言わねばならない
ことか?」
「出来れば先伸ばしにはしたくない、です。」
時間が経てば
経つほど、決意が鈍ってしまいそうで怖い。
考えなければいけないことが多過ぎて、
自分を見失いそうになる。
「………………では、私は席を外しますね。」
2人の間に流れる緊迫した空気を感じとったのか、柚梨は気を利かせて席を
立とうとする。
「いえ、景侍郎にも聞いていただきたいんです。」
「私
もですか?………………わかりました。」
柚梨は一度浮かしかけた腰をゆっ
くり下ろすと、再び
の方に向き直った。
2人の視線がに集中する。
「えっと…
……………正直なところ、私自身もまだどうすれば良いかわからなくって、戸惑っている
んですが………………」
緊張で声が震える。
なんだか、自分が罪を告白
している罪人であるかのような錯覚に陥ってしまう。
罪?
子供が出来るということ
が、どうして罪になるのだろうか?
夫婦の間に新しい命が授かる。
それ
が“普通の夫婦”であるならば、これ以上の幸せはないだろう。
そう、
がただの藍家の娘であり、
ただの黄鳳珠の妻であれば、の話だ。
しか
し、名前は“藍”であり“黄”である以前に、
“官吏”なのだ。
「お、お医者様は、」
女
官
吏
母親
妻
仕事
出産
地位
カンリヲ、ヤメナケレバ
ナラナイカモシレナイ。
頭の中がぐるぐるし
て、立っているのが精一杯。
情けないことに、じんわりと目頭が熱くなるのを感じ
る。
「次の桜が咲く季節に、私が、“母親”になるのだと、おっしゃいまし
た。」
「!?」
「さん!?それって!!」
「はい。私、………………!?」
急に視界が暗くなったかと思うと、ふわりと優しい空気が名前を包
み込んだ。
「ほう、じゅ?」
固く、強く抱き締められるのでは
なく、
優しく、包み込むような抱擁だった。
「よく話してくれた。」
「鳳珠、でも、あのね、」
「わかっている。お前が言わんとしていることも、今
後のことも、全てな。」
「え………………?」
「お二人とも、本っ当におめでと
うございますっ!!」
何だかよくわからないまま、ふと横を見てみれば、柚梨
が目に涙を浮かべて万歳を繰り返している。
「ととととりあえず、黄家と藍
家のご当
主には、至急お知らせしないと!!あと、それから、しゅしゅしゅ主上にも!」
「柚
梨、お前が慌ててどうする。」
「そそそそうですね!とりあえず、えぇ、まずはやは
りさんのご実家に連絡ですね!行ってきます!」
そうまくし立てると、
柚梨は大慌てで部屋を飛び出して行ってしまった。
「ちょっ、景侍郎!?」
「放っておけ。あいつなりに喜んでいるんだ、好きにさせてやれ。」
「でも、ま
だ産むって決めたわけじゃ………………」
「お前は産まないつもりなのか?」
「!!いえ、そういうわけじゃ………………」
本音では、勿論何があっても
産みたい。
愛する人との間に授かった初めての命。
決して無駄にはしたくない。
でも………………
「何も心配する必要はない。」
「でも!!」
「翌年の国試に二十位以内合格、それが復帰の条件だ。」
「復帰………………出来る
の?」
「あぁ、揉めに揉めたがな。お前と一緒になってからすぐに立案して、つい最
近
可決した。ギリギリ間に合ったようだな。」
あっけにとられるとは、こうい
うことだろうか。
まさか、鳳珠がそんなことにまで手を回しているなど、夢にも思わ
なかった。
『ほら、あなたには黄尚書がついてるから大丈夫だって言ったで
しょ?』
そんな秀麗の声が聞こえてきそうだ。
「男性官吏の病
気療養の休暇と同じ扱いにしたかったのだが、じじぃどもが頷かなくてな。なに、二人目
の時には必ず実現させるさ。」
「二人目!?(まだ一人目も産まれてないのにもう二
人目の話!?)」
「まぁ、状元で及第したお前には容易いことだろうが、試験に向け
て少し対策は練った方がいいだろうな。」
「そうね、最近は仕事が忙しくて勉強して
る時間がなかったから………………。暇を見つけて復習するわ。」
二十位以
内
そう簡単なことではない。
しかし、自分はなんとしてもそれをやり遂げなけれ
ばならない。
自分のためにも
鳳珠のためにも
秀麗のためにも
「そういえば、まだ肝心なことを聞いていなかったな。。」
「はい。」
「私の子を産んでくれるか?」
「………………はい!!」
「あり
がとう。」
それまで張り詰めていた糸がぷつんと切れて、どっと熱いものが
込み上げる。
「そんなの、こっちの台詞だわ。私の方こそありがとう。あな
たの妻で本当に良かった。」
「あぁ。私も、お前が私の妻で良かった。」
鳳珠はの額に、ゆっくりと、二度キスをおとす。
一度目は愛する妻
のために。
二度目は、新しい命のために………………。
ー 黄家の大きな屋敷を小さな足音が走り回るようになるのは、もう少し先のお話ー
[ あとがき]
本当に本当に本当にお待たせしました(´□`;)
いやもう間が空きすぎ て、待って下さった方がいるのかどうかも甚だ 疑問ですが………………
これの続き…は多分もう書けないかな(汗)
キリ番でリク される方がいるか、ネタの神様が降臨するかしたら書くかもしれませんが、
とりあえ ず当分は封印する予定です。
今まで本当にありがとうございましたm(_ _)m