悔しい程に愛おしくて、涙が出る程に恋 しいの。











 最終話 愛姫〜aihime〜











自宅の庭で花を愛でていた鳳珠は、 花びらに指先が触れた瞬間、
自らの手が微かに濡れていることに気がついた。


「………………がらでもない。緊張しているとでもいうのか?」


鳳珠は汗ばんだ自らの両手をきゅっと握りしめると、静かに目を伏せた。


「………………情けない。全て手は尽くしたんだ。それでも駄目だというの なら、諦める他あるまい?」


鳳珠は自らに言い聞かせるように、小さく呟い た。









を失う。


ただそれだけ のことが、こんなに怖いと思うなど………………。


「昔の私からは到底考え られないな。」


女性にも、決して固執することはなかった。
去る者を追 うことなど、あり得なかった。


筈だった。


「恋というものは、こんなにも苦く、苦しいものなのか。」


鳳珠は仮面に手をかけてそっと取り外すと、深く息を吸い込んだ。









「鳳珠………………。」
「……………… ………………戻って来たのか………………」


鳳珠がゆっくりと振り返る と、が神妙な面もちで庭先に立っていた。


『………………とうとう、こ の時が来たか。』


鳳珠はもう一度深く深呼吸をすると、ゆっくりとに近 づいた。


「………………もう、答えは出たのか?」


鳳珠の問い かけに、は小さく頷いた。


「………………前に………………前に一度、 茶州行った時は龍蓮が一緒だったわ。」


「?」


緊張する鳳珠を よそに、は突然何の脈絡なくも話し始める。


「だから、旅の途中も凄く 騒がしくて、寂しいなんて全く感じなかったわ。」









、今日の夕食は何を 食べようか。』


『やっぱりこの家が一番だな。』


『絳攸が今日 うちに遊びに来るから、とびっきりの料理を作ってやってくれ。』


『明日は 久しぶりに兄妹水入らずで何処かに出かけようか。』









「今まで、一人きりの夜を過ごすことなんて 一度もなかった。
 同じ屋敷の中には必ず兄様たちがいて、不安を感じることなんて なかった。」









朝を迎えても、“おはよう”を 言う相手がいないことの寂しさ。


一人で食べる朝食の味気なさ。









「今回一人で旅をしてみて、初めて気がつい たの。そんな時、脳裏に思い浮かんだのは、
 一緒にいて欲しいと思ったのは、“もう”兄 様たちじゃなかったの。」


は泣き笑いの様な微笑みを浮かべると、そっ と囁いた。


「あなたよ。」


鳳珠は、ただただ無言で、の話 すことの一言一言を噛みしめる様に聞いていた。


「………………鳳 珠?」


全く反応を示さない鳳珠を見て心配になったのか、はそっと鳳珠 の顔をのぞき込んだ。


「………………藍殿………………」
「!! は、はい!!」
「ずっとあなたをお慕いしておりました。私の生涯の伴侶になってい ただけないだろうか?」
「………………慎んでお受けいたします。」


深々と頭を下げた鳳珠を真似る様に、もまた、腰を折って綺麗に一礼をした。





























「………………つもりだったんだ。」
「え?」


は顔を上げると、不 思議そうな瞳で鳳珠を見つめた。


「………………もし、もしおまえの返事が “否”だったら、無理矢理にでもかっさらうつもりだったんだ。」
「ぷっ!!」
「………………今のは笑う所か?」


お腹を抱えて笑いだした を見て、鳳珠は軽く眉ひそめる。


「だ、だって、あははは!!でも、それも なかなか良かったかもね〜☆」
「人の気も知らないで………………。」
「いくら新婚とはいえ、職務中にいちゃ つくのはど〜かとおもいますが?」
柚梨(景侍郎)!!


二 人が一斉に声の方を見やると、部屋の戸口で柚梨が白い目で二人を見ていた。


「まったく、私が少し席を外したと思ったらすぐこれなんですから!!」


柚梨は口調は怒っているものの、顔はすっかりにやけている。


「美しい新婦と仮面姿の新郎。彩雲国の歴史に残るすごい絵図らの結婚式でしたものね。
 付け足すと、酔っぱらって泣いて愚痴る藍将軍も見ものでしたが♪」


「………………返す言葉もゴザイマセン(汗)」


は式の当日になってもま だ納得しきれていなかった自分の兄“たち”の乱闘を思い出して、顔を赤くした。


『龍蓮のあほぅはイキなり笛を吹き出して皆を恐怖に陥れるし、三つ子の兄 様たちは紅尚書に喧嘩売り出すし………………』


どれも自分を想ってのこと ………………とはわかっていつつも 、有力一族である藍家の恥を、
世間にアピールしてしまっただけのような気がして ならないのであった。


「私は良い式だったと思う。」


赤くなっ てうつむいてしまったを励ますように、鳳珠は優しく声をかけた。


「私 が貰い受けた女性が、どれだけ皆に愛されていたかが手に取るようにわかったからな。」
「………………鳳珠。」
「うぉっほん!!はいはい!!二人の世界に入らな い!!いちゃつくのは愛の巣に帰ってからにしてください!!」


柚梨は二人 の熱々ぶりに、すっかりからかう気も失せたのか、机に向かって仕事を初めてしまった。


と鳳珠は、どちらからともなく顔を見合わせると、悪戯っこのように小 さく笑いあった。






















藍家の秘蔵っ子と呼ばれる末の姫は、皆に愛され、皆を愛すること のできる、彩雲国一の幸せな姫………………
皆は親愛の情を込めて、彼女のことを愛 姫〜aihime〜と呼ん でいたそうな………………






















ー 富めるときも病めるときも、死が二人を分かつまで………………ー



















藍姫〜aihime〜完



















[ あとがき]
とりあえず藍姫はこれで完結です。
が、ちょくちょくお題の方で番外 編を書いていきたいと思います。
これまで読んでくださった皆様、私の書いた作品な んぞを愛し、応援してくださった皆様、本当にありがとうございました。
とりあえず 一区切りはつきましたが、藍姫はこれからもまだまだ続きます。
これからも、花音と もども「clover」をよろしくお願いします。

2005.7.28 「clover」 管理人 花音

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