必要なのは、ほんの少しの勇気と決断。
十四 雫姫〜shizukuhime〜
「ただ今帰りました。」
が覚悟を決めて楸瑛邸の門をくぐると、庭先で楸瑛と龍蓮が待ちかまえ
ていた。
「おかえり、。」
「心の友其の一と其の二は元気だった
か?」
暖かく自分を出迎える二人を見て、は真剣な表情を少しだけ崩し
た。
「………………お兄様たちにお話があります。」
「………………
あぁ。わかっている。」
「!?」
楸瑛の予想外の反応に、名
前は一瞬息をのんだ。
「とりあえずあがったらどうだ?長旅で疲れているの
だろう?」
「………………そうだな。ほら、荷物を貸して。」
「あ、ありがとう
………………。」
龍蓮に促され、と楸瑛はとりあえず場所を変えること
にした。
「お前がいない間に、黄尚
書がうちに挨拶に来たよ。お前との結婚を認めて欲しい、とな。」
「鳳珠が!?」
は一瞬だけ驚きの表情を浮かべると、寂しそうに微笑みながら、
二
人に向かってはっきり“否”と告げた。
「お兄様たちが嫌なら、お断りする
わ。」
の言葉に、楸瑛と龍蓮は互いに顔を見合わせると、ゆっくりと話
し出した。
「私は結婚するべきだと思うぞ?」
「………………そうだ
な。三つ子の兄たちにまで喧嘩を売れるような男は、もう二度と現れまい。」
「上の兄様たちの所まで行ったの!?」
既に、三つ子の兄たちにまで
話が及んでいるとは夢にも思っていなかったは、
あまりの展開の早さについてい
けずに呆然とする。
「何故だかよくわからんが、突然何の脈絡もなく兄上た
ちから
“の結婚を認めるように”とお達しがあった。」
「………………もし
かして紅尚書?」
「だろ
うな。あの兄上たちを言いくるめられる人などそういまい。」
そう言うと、
楸瑛は大きくため息をついた。
「………………はっきり言って、俺はお前に
結婚なんてして欲しくない。」
楸瑛は真っ直ぐの瞳を見つめると、真剣
な表情でそう言った。
「楸瑛兄様………………。」
「ただ、いつまでも
俺がワガママを言って、この家にお前を縛り付けておくわけにはいかない。」
楸瑛は一度大きく深呼吸をすると、優しく微笑んだ。
「、
幸せにおなり。俺たちはいつだってお前の幸せを一番に願っているよ。」
楸
瑛の台詞に賛同するように、龍蓮も優しい笑みを浮かべて、小さく首を縦に振った。
「楸瑛兄様………………龍蓮………………」
こらえきれずに、
の頬を暖かい雫がつたう。
「………………私、藍家に生まれて本当に良
かった。兄様たちの妹で本当に良かった。」
「俺たちも、妹がお前で本当に良かった
と思っているよ。」
楸瑛は、
しゃくりあげるの肩をそっと抱きしめた。
「いつかお前が嫁にいってし
まうことは、十分に理解していたつもりだったが、
いざこうしてその時が来てしまう
と、そう簡単にはいかないものだな。」
楸瑛はの肩に自分の頭を軽く乗
せると、切な気に呟いた。
「、寂しくなったり仮面尚書と喧嘩でもした
ら、いつでもここに帰って来るのだぞ。」
「!?ちょっと待て龍蓮!!ここは俺
の屋敷だぞ!!お前はずっとここに居つく気か!?」
「小さいことでグチグチ
と言うな。」
「小さくない!!」
「あははははっ!!」
二人のやりとりを見て、はお腹を抱えて笑った。
「………………やっと
涙が止まったな。」
楸瑛は優しくの頬をなでる。
「………………ありがとう。」
楸瑛の手に自分の頬をすり寄せると、は少し照れ
くさそうに微笑んだ。
「まだ、黄尚書にちゃんと返事をしていないのだろ
う?
お前の返
事を今も待っていると思うぞ。早く行ってあげなさい。」
「はい!!」
は本当に嬉しそうに微笑むと、足どりも軽やかに部屋を後にした。
こうして楸瑛と龍蓮は、少しだけ心にしこり
を残しながらも、精一杯の笑顔でを送り出したのだった。
[
あとがき]
次でとりあえず、藍姫は完結になります。
この後は、藍姫の新婚設定
を短編の方で続けたいと思います。